良いお年をお迎えください

 今年最後の更新になります。今年の鹿島錦保存会の活動は、新型コロナ対策で散々でした。春の展示会は途中で中止になり、教室も長らく閉鎖。文化祭出品もなくなり、一年間何をやってきたのか、あまり思い出せない。教室も、私が参加できたのは、一年通じて四回か五回。例年に比べて寂しい活動実績ではありましたが、個人的には、鹿島市の成人式の記念品のストラップを納品したり、錦にはまったく関係ない(ゆえに秘密)ジャンルで賞を頂いたりと、それなりに充実していたかな。特に、ストラップは、ようやく、鹿島錦保存会の一員として、鹿島錦の技法と、連綿と届いてきた織り手の心を受け継ぐ準備が整ったと、認めてもらえたような気がします。やっとスタート地点に立てたかも。もっともウォーミングアップが長すぎ説あり。

 鹿島錦は趣味なのかという命題、ごくたまに会でも話題になるのですけど、やはり人それぞれ。趣味と断言する人もいれば、使命感が大事という人もいる。趣味という言葉を使う人たちでも、抱いている感情が若干複雑で、他に適切な言葉を選択しづらいというだけで、おそらく、他の趣味とは別格という受け止め方をしている人が多そうな印象を受けています。そこには、当然義務感もあれば、達成感もあるような。大先生のように、錦の事だけを考え、錦に半生を捧げるという生き方は無理かもしれないけれど、それでも、すでに生活の一部となっていて、毎日、あるいは定期的に、織らずにはいられないという人たちの集まりなわけです。織りたいという渇望がそこに存在するのであれば、きっと趣味以上の価値を抱いているはずで、やはりそれは、「生き甲斐」という言葉を用いるのが、より現実に即していそう。

 おそらく、遺伝的な問題で、私の場合、高齢化するとともに、かなりの振顫(しんせん)が出てくるはず。これは父方の遺伝。多分、母方からの遺伝で、指が湾曲したり、確実に骨の異常も出てくるでしょう。だから、もし八十過ぎまで生きられたとしても、果たしていつまで鹿島錦を織ることが出来るかどうかが、皆目わからない。ですので、来年から、鹿島錦始め、鶴を焼く他の創作、及びそのための勉強に、より時間を割けるように、今から準備をしているところです。具体的なことはまだ書けませんが、無事に計画が軌道に乗ればいいなと夢想する日々。煩わしい日常から離れて、朝から晩まで何かを作り続けるのが、私の夢。その夢に、一歩でも近づけるように、遅まきながら、本腰を入れ始めたところです。

 保存会の皆様、それから鹿島錦に興味を持ってくださった皆様、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。