落語も聴きに行けない

 久しぶりに、昔誂えた着物を着たいと思いながらも、コロナのせいでどこにも行くことが出来ず、悶々といたしております。後、花粉。佐世保のかっちぇて落語会も、4月には開催予定だというのに、やはり行けません。昔ならこっそり行っただろうな。でも今は相応の責任があるため、勝手な行動は赦されず。

 今織っている流水は、若干不安定ですが、まあ、確実に以前よりは問題なく織れています。あくまでも相対的にですよ。ただ、今回改めて認識したんですけど、別に流水を織りたくてたまらないわけではないからか、織っていて全然楽しくない。まだ2.5cmくらいなので、一回全部解いて、今まで織った部分を全部平織りにして、一色で織りなおそうかなとも思ってみたり。配色も決定的に間違ったようで、あぐりに巻き取った別の色と見比べていると、違和感が爆発しかねない。このまま義務感だけをひきずって収拾がつかなくなって途方に暮れるより、いっそここは思い切った選択をした方がいいかもしれません。多分、今の色の分だけなら、ペンダントヘッドとしてなら、問題なく使えそう。

 それと、砂子の場合は、枡のように、糸下五目のある図案か、あるいは平織りの入った網代のような図案の方が、綺麗に柄が出そうですね。それに、あまりに織りなおして紙が傷んで、ぷちぷち切れまくって途中で放棄した黒の砂子で織っていた時に、A先生がおっしゃった、「砂子は一色の方がすっきりするよ」と言われたことの意味を、今更ながらかみしめております。たとえ入れているのが二色でも、色がせめぎあって、地にちりばめられた金(多分本金ではない)が、存在感を喪失してしまっています。

 決めた。後数段織ったら、経紙を整えるために平織りを入れて、淡い着色糸一色で、基礎織の時に織った二種の枡を織ります。流水は、しばらくは、織り終わりのところでちょこちょこ一色で織る程度でいいです。