桝も6本で織れるのですね

 6本糸を掛ければ、拾わずに流水の早織りが出来るのは知っていましたが、桝も出来るんですね。佐賀錦の方は、割と早い段階で糸を掛けられるそうな。反して鹿島錦は、(慣習として)先生の許可が出ないと掛けられません。ある程度織れるようになってからでないと、スピードが増すだけで、綺麗に織れるわけではないからという理由らしいです。さもありなん。私の場合は昨年末、五年目に入ってから許可が出ました。免状をいただくわけではなく「もう掛けてよかよー」と大先生から一言頂戴しただけですが、死活問題ですので聞き逃しませんよ、そういうことは。

 試しに確認してみたベーシックな桝の図案。基本の桝には、辺縁部が接しているものと、接していないものがあります。こちらは後者。

 拾う目の違いで並べ直してみると次の六種類。鹿子市松はレトロモダンで面白そうですけど、単色でも12本掛けないといけないので、単純に糸掛けの労力だけで選ぶとしたら、桝かなあ。桝は色替えでも印象が千変万化しますし、光源の角度で表情が変わるから楽しいですよね。

 なお、流水の場合は、どれだけ足を長くしても糸掛けのために拾う目は変わりませんが、桝の場合は入れ子の数によって拾う目が変化するようです。ただし、掛ける本数はいずれも6本。まだ三つの図案でしか確認できていませんが、多分そうなるはず。

 辺縁部がつながっている桝で確認してみましょう。60段60目のちょっと面倒くさい桝。

 並べ替えたらやはり6本で事足りる。100段100目でも多分同じ。

 それにしても、桝は何度か織っていますが、その都度6種類しか拾う目がないのに、全然記憶出来ないという点、己の加齢が嘆かわしい。さもヴァスコ・ダ・ガマばりの新発見みたいな書き方をしていますけれど、単に私が気づいていなかっただけで、多分佐賀錦の織り手さんも含め、他の方は御存じのはずですのであしからず。鹿島錦保存会が遅れているわけでは決してないです。言質とるの禁止。

 糸掛けには賛否両論ありますし、拾う方が達成感があっていいにしても、使わないのと出来ないのとは天と地ほども違うので、今回は練習のために決行します。いずれ挑戦したい綾織の模様織の時とか、掛けた方が絶対精神衛生上いいはず。

※最後の画像、変なところにカーソルがありますね。失敬。元のシートはもう削除したため、作り直す気力はなし。