蛍を観ながら考える

 毎年、蛍が飛び交う時期になると、去年から一年無事に生きてこられて良かったと、心の底から思います。人間いつ何があるかわからないですからね。いきなり持病が悪化するかもしれないし、明日にでも交通事故に遭ったりもするかもしれない。

 古賀フミさんは、子どもの頃に佐賀錦を始められて、三十代になってから工芸展などに出品されるようになったのだとか。おそらくその時点で高い技術を保持された上で織られていたはずですし、さらに突き詰めればそこからも精進の日々だったはずですが、果たして、人間国宝にもなられた古賀さんの織り手としてのピークはいつ頃だったのかなあ。

 私が鹿島錦を始めたのは44歳になってから。幼さなどとうの昔に雲散霧消してからの入会ですので、今後の織り手としての力量が延々と上昇曲線を描くとは限らない。おそらく形としては放物線になるはず。しかも、その放物線の軌跡の頂点が、技術的なピークにあたるとも限らないのですよね。不確定要素として、心身の健康状態が関わってくる。それを単純化したもう一つの放物線として表せば、年齢的にそちらの頂点はすでに過ぎているはずなので、鹿島錦を織るということに着眼した場合の私の人生の特異点は、二つの放物線の一つ目の交点になるのではないかな。

 なんの根拠もありませんが、おそらく、六十代半ばくらいがそれに該当するのではと予想。その時期に合わせていろいろとやりたいことやるべきことを考えて、かつ、他のライフワークや仕事も含めて調整をして、ここらで人生設計をしなおさないといけません。毀誉褒貶とは無縁の世界で自分の錦を追求するために退会するという選択も、将来的には、もしかしたらありうるのかもしれない。今は教室で他の方の織りを拝見するのが楽しみで仕方ないのですけど、その楽しさがかき消えて、エイブルまで往復する移動時間すらもったいない、すべての時間を織ることに費やしたいと思う日が来たら、おそらく、その時が、保存会を辞める頃合いなんでしょう。

 あと何年かで退会して、自宅で自分で織り続けて、三十年後か四十年後、会員がほとんど入れ替わってから何食わぬ顔で「初めてですう」と復帰して、基礎織をすいすいすーと織り終えて「八十代の人が初めて織ったとは思えない完成度で素晴らしい!!」と、その時の指導者に言わせたいという願望はあるかも。基礎織が綺麗に織れなかったのは今でもトラウマ。何のためにそんな仕様もないことをと詰問されても困りますので、相手にしない方向で。

※単色織の桝は途中から縮まなくなることが判明しましたが、図案の効果なのか技量の問題なのかが判然としないのが辛い。大沙綾とかにも挑戦したいのはやまやまですけど、まだストラップ用の生地を確保できていないため、次の本金では、小さい桝か鹿子を織ります。

※104歳時点の大先生より、もしかしたらお元気かもしれない。