83歳のやさしいスパイ

 久しぶりに良い映画を観た。ただし、感動で泣いたりするような映画ではない。だいたいがお涙頂戴系の安っぽい作りではないので、これで泣く人がいたとしたら著しく嘘くさい気がする。身につまされて涙するという人はいるかもしれないが、感涙はちょっと違うはず。

 観ただけではドキュメンタリーなのかモキュメンタリーなのか判然としないが、一応ドキュメンタリー部門でコンペ出品等されているとのこと。以下ネタバレ含むので注意。

 母親が施設で虐待されているのではないかと疑った家族が、とある探偵事務所に調査を依頼。事務所側は80歳から90歳でデジタルガジェットを扱える(ただし要訓練)高齢者を雇用し潜入捜査に向かわせる――という筋書きなんだけど、夕暮れ症候群だったり、物盗られ妄想だったり、感情失禁だったり、徘徊だったり、出てくる高齢者たちの言動に心当たりがありすぎて、その時点で、もうね。

 なお、潜入捜査するセルヒオは、一応本人としては気を付けてはいるつもりらしいんだけど、あからさまに怪しい言動丸出しで、私が施設職員だったらとりあえず認知症を疑うレベル。しかしその積極性がなければ、それぞれの人物の心に深く食い込むことはできなかっただろうし、話も成立しなかっただろうから、致し方なし。

 家族が入居者になかなか面会に来ないということに関しては、私も覚えがあるけれど、施設や事業所の目と鼻の先に家があってもまったく来ない家族もあれば、遠方なのに足繁く通ってくる人もいる。もちろん過去の家族関係なども影響することなので、面会がないからといって、一概にそれを否定するわけにもいかないが、やはり、高齢者側の視点に立って物事を考える癖がついているため、別に独り暮らしというわけでもないのに、一切ご家族からの連絡がない方を見ると、気の毒でならなくなる。

 施設内の男性と女性の比率もリアル。女性が圧倒的に多いって、世界共通介護業界あるあるのはず。人数が多い分、出てくる女性の性格も症状も多彩で、それぞれ一筋縄ではいかない。スパイ役の男性に恋心を抱いて初日にデザートを差し出す人もいれば、おびえたそぶりを見せる人もいる。自作の詩を詠んでくれる人、頻繁に会話をするのにその内容を毎回忘れてしまう人、さまざまな高齢者が出てきて、歳の重ね方も必要な介護の種類も人それぞれだということを突き付けられる。日本で特養というと、特段の事情でもない限り要介護3以上でなければ入所できないが、映画内の施設はそこまで介護の必要がない人でも入所できるようで、一見認知もなく介護の必要性もなさそうな人が25年間暮らすなど、制度の違いも興味深い。

 私が一番印象に残ったのは、詩を詠む女性。ビビッドな服ですごくおしゃれ、詩を趣味にするというのも素晴らしいと思ったのに、終盤で――

 多分死ぬまでに何度でも観なおすことになると思う。せめて五年に一度は観たい。