佐賀錦の形2

 正誤表以外にも誤植や誤入力が散見されるのが玉に瑕なのですが、佐賀錦を代表する織り手の一人、井手美弥子氏の御本。内容に関して、エイブルのギャラリートークなどで講演されたはず。昨年2月の落語会でOさんと(ほぼ)隣の席になった時、玉川奈々福先生の浪曲のマクラで鹿島錦の話題が出て、その話を中入りの時にしていて、「今度佐賀錦の方の講演があるとよー」などと聞いていたのに、当 日 完 全 に 忘 れ て お り ま し て 機会を逸してしまいました。無念。その後図書館で再びOさんにお会いした時、「この間講演を聴いて本ばもろたよー」との報告を受け、さらにほぞをかむ始末。とどのつまり、佐賀錦の形2を入手出来る機会も逸してしまったわけですよ。ちっ。

「佐賀錦の形」同様、大変勉強になりました。著者の井手さんの説では、大隈重信が名付けたというのは眉唾かもしれないとのこと。なんだかミスバスターズみたいなことになっております。グラント・イマハラよ安らかに。

 本日中に図書館に返却する予定です。ちなみに先ほどきちんと読んで気づきましたが、並木多仲が医道に進んだというのもきちんと書いてありました。器用な方だったので、外科向きかもしれませんね。

 それと、鹿島以外で織られる錦を「佐賀錦」とひとくくりにしてはいけないと反省。サイト内の記述も修正していかないといけないかも。

Youtube一人旅

 NHKもYoutubeで公開してくれれば、私程度の技術でもダウンロ――

 twitterで見たことがある作品ですが、どなたのだろう。上のサガテレビ動画の木目込みの兜の背景に使われている屏風と同じですね。

 都はるみが一声浮立を!!

染織の旅――源流を訪ねて

 皆大好きパパ鈴田こと、鍋島更紗の鈴田照次先生の御本。当時は鹿島でも「佐賀錦」という通称が広まっていたこともあり、「佐賀錦」として鹿島錦が紹介されています。

 さすが地元民というか、錦の織手ではない書き手の書いた錦論の中では、間違いなく出色の出来。文章もお上手です。御本によると、並木多仲の生家は久布白家とのことですが、私が小学一年の時の担任の先生が久布白先生でしたので、あるいはご縁戚なのかも。並木家が御典医の家柄で、多仲も養子婿として医の道に進んでいたというのは初耳でした。同じく御典医の下河辺家は、おそらく下河辺眼科のご先祖様なのでしょう。「多仲」は幼名とのことで、またややこしいことになってまいりました。

 スキャン用に古書を調達。こんなことばかりしていていいんだろうか。