明日発売の本だそうです

佐賀錦の世界~古賀家を通じて 和紙と絹が生み出す伝統と創造」という本が明日発売になるそうです。オンデマンド版なので、本屋には並ばないでしょう。オンデマンドは、平たく言えば、業務用コピー機で一冊から作れる本。オンデマンドで出すのであればkindleでも発売してくださればいいのに……。

 もともとは佐賀大学美術館の企画展の発行物らしいです。

 紹介文を読んでみましたが、またぞろ新しい説が出てきて、混乱中。もう、何が正解で何が不正解なのかわからんちん。

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 佐賀錦製織法を読んでみたくて、国会図書館を検索。1920年の発行なのですが、著作権者の確認が取れていないのか、いまだデジコレ入りはせず。仕方ないので複写申し込みをしましたが、著作権保護期間が満了していない本って、一度に半分しか複写してもらえないんですよね。下手したら二十年ぶりくらいかも。複写依頼。

 前半分が届いて、料金を支払い次第、後ろ半分も依頼します。

 目次を読んだ限りでは「あぐり」表記でした。

アクセス解析を見てみましたが

 問題の( ゚Д゚)ケアレスミス(´;ω;`)を目にした人は、最大三人ということで、何事もなかったかのように更新を進めますよ進めます進めますとも。

 明日4/22の午前中は、エイブルで鹿島錦教室が開催されますが、あいにく私は出席できず。5/5の実演には参加する気でおります。当番ですので。

 大事なことなので二度繰り返します。

 当番ですので。

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 久しぶりに織る図案に悪戦苦闘。どんなに時間がないときでも、せめて一段は――。

動くA先生2021

 今年は動く大先生は見られませんでしたが、まだまだお元気ですよ。御年105歳。なお動くA先生は健在。y-chiさんの県展入選作やI永さんのアマビエシリーズも激写されております。

 NHK佐賀より。そのうちデッドリンクになるはずですのでお早めに。

 ちなみにA先生は、織りには寛容ですが仕立てには厳しいです……。

※こっそり修正完了の巻( *´艸`)

衝撃

 まさか並木多仲を主人公にした小説があるなんて……。

 昨日届いた鳥越碧氏の「衣小夜がたり」、まず佐賀錦の分だけ読みました。短編でもあるし、文章もあっさりとしていて、あっという間に読み終えられますが、私はてっきり柏岡の方が主人公だと思い込んで本を開いたものですから、冒頭から、並木? 並木の方なの? と戸惑ったり衝撃を受けたり。

 作中で、並木多仲は、女子力高すぎ美形武士という設定。よく鹿島錦・佐賀錦は「女性の手で受け継がれて云々」と紹介されますが、そもそも出発点に男性の手が関わっているんですよね。ないがしろにされがちながら。かくいう私も「側仕えの並木某」という表現から、てっきり侍女と勘違いしておりました。てへてへ。

 柏岡の方の時代の鹿島藩士という以外に特に情報のない並木多仲という人物の詳細について調べようとgoogle先生にお願いしてみても、真っ先にヒットするのがこのブログということで、まるで参考にならず。無念。

 ちなみに、私が購入したのは図書館落ちの古書。どうも絶版になっているようなので、古書で漁る以外入手方法はなさそうです。

 参勤交代の献上品説に関しては、1862年の文久の改革前に、織り地としての体裁がある程度整っていたと仮定したら、ありえなくはない話なのかなと思いますが、どうなんでしょうね。私もそこまで突っ込んで勉強しているわけではないので、断言は棚上げにしておきます。でも、あれだけ細かく調べていらっしゃる井手さんが「ない」とおっしゃっているのであれば、ないというのが正解なのかも。

 ネットで検索をすると、鹿島錦に関しても、佐賀錦に関しても、認識不足としか受け止められない文章が散見されて「佐賀には佐賀錦の作家はいない」をはじめとした、愕然とする内容のものもまかり通っています。佐賀にも素晴らしい織り手はたくさんいらっしゃいますよ。

 並木に関して言及のある「藤津郡人物小志」を、一度読んでみたいんですけど、古書で5千円……。そこまで詳細な記述もなさそうですし、購入するかどうかは思案中。

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 高校の頃、赤門近辺に、手袋がバナナにしか見えなかったので、「バナナさん」とあだ名をつけた銅像がありましたが、今考えてみたら、それが直彬公だったのですね。「なおよし」と読むそうです。「なおあきら」ではありません。島津家ではないのです。旭丘公園内と、高校の敷地内に、それぞれ一体ずつ銅像が設置してあるのですけど、今画像検索をして確認してみたら、案外バナナ度は低かったです。視点にもよるのかな。下から見上げる感じでは確実にバナナでした。

紗綾の会でもアグリだそうです

 さ、アグリ・アバリ問題ですよ。用語集にも書いた通り、漁師さんが使う網の補修用の道具と同じ形状をしているので、本来は「網針」ということだと思うのですが、なぜか鹿島錦とその直系――鹿島で学んだ人から伝わったという意――の佐賀錦グループでは「アグリ」と呼称するのですよね。もちろん鹿島錦保存会の末端会員である私もアグリ派。東京でも、大正時代は「アグリ」と称していたようなので、いつからアバリになったのか、興味深々。

 先日図書館から借りてきた、現紗綾の会代表の井手美弥子さんの御本を拝読していて、御母堂の久美子さん、どんな図案で織っても、幅が縮むことも、模様がいびつになることもなく、正確無比だったというようなことが記してあって、これはもう自分で織っている人でなければわからないと思うのですけど、すごい技術だと感嘆しきり。経験の絶対量が違うということでしょうね。

 他にも、鹿島錦で3-1と言われる図案に「浮き綾」という名称があることを、初めて知りました。鹿島錦では基本的に3-1は織らない――とまでは書きませんが、織ると先生方から「鹿島錦の基本は糸下三目……」と言いようもなく切なそうな顔をされるので、時々しか織らないことにしています。

 鹿島錦保存会の方は、学術的なアプローチはあまりされていないというか、そもそもが鹿島発祥説ありきで立脚した会なので、する必要性を感じないというスタンスなのかな。とにかく伝統的な図案とか、伝統的な織り方(ただし台は巻台)を後世に伝えるというのが第一義の目的なので、井手さんの研究成果は個人的にも貴重だと思いますし、何より勉強になります。国立国会図書館に収蔵されている大英博覧会の入賞者名簿をどれだけ見ても「佐賀錦」の該当者が見当たらなかった謎も解けました。

 織り自体の印象としては、やはり鹿島錦の方が、よくも悪くもプリミティブ。大先生、変わり経紙もお嫌いなんですよね。一度レインボーを織ってみたいんですけど、嫌がられそうなので自粛中。