wordpress仲間(´・ω・)人(´・ω・)

「かしまいろ」より、懐かしい記事。

 鹿島市文化祭の体験レポート。

 ちょうど私が入会した直後に開催された文化祭です。写真の大先生が今より若干お若い。

 私の場合は、旧嬉野医療センターで眼底検査を受けた後、瞳孔が落ち着くまで運転できず、駐車場で時間をつぶしている時に、「おりがみ陶芸の鶴の翼に錦を貼りたい」とふと思い立って、端切れが売ってないかどうかを検索し、結局見つからず、代わりに鹿島錦教室に関して書かれたサイトを見つけ、無ければ自分で織るしかないわなと、その場で祐徳博物館に電話で問い合わをしたのが、入会のきっかけでした。会員の中では経緯が特殊かも。

 あの時、事務局のTさんが「保存会には連絡しときますねー」とおっしゃってくださって、実際にA先生に繋いでくださっていたらしいのですが、私が訪問した時、そのA先生が 完 全 に 忘 れ て い ら し て 、「あんた誰?」という感じに教室中が包まれたことを覚えています。

 あと、私の説明不足もあったのですが、その日午前中に紙でパターンの出し方を学び、台を持ち帰った後、食事の時に皆さんでいろいろ話をされたらしく

①ある程度織れるようになったら多分辞めるはず

②錦を使った製品を販売したがっているようだがそれはどうか

――という流れになぜかなっていて、文化祭の当日、嬉々として見学に行ったら、「この間会員で話をしよったとやけど、鹿島錦として勝手に売ったらだめよー」ということを、当時副代表でいらしたY先生に出合い頭に言われ、「ファッ(‘Д’)」となった直後、大先生においでおいでされ、「あなた(基礎織の)最後まで織る気はあると?」と訊かれたのには、かなり面喰らいました。不快な気持ちになったというわけではない――むしろ面白がった――のですが、情報の誤伝達には気をつけようと、肝に銘じてみたりして。

 来月下旬で、入会してから丸四年になります。エイブルの隣の文化会館の建物も解体されましたし、新型コロナの余波で、昨年、鹿島錦は、発足後初めて、文化祭での展示を中止しました。鍋島家の重臣愛野家由来の祐徳バスセンターも解体するらしいし、長崎本線の存続も危ぶまれ、寂しい話題が続きますが、私個人としては、まだまだやめる気はありませんよ( *´艸`) 今織っているのが織りあがったら、先生からガマグチの作り方を教わる予定。