なんぼなんでもはしょりすぎ

 着物関連の本をkindleで読んでいて、佐賀錦の解説に遭遇。「日英大博覧会を機に佐賀錦と呼ばれるようになり、西陣で織られるようになりました」的な説明に悶絶。これだと佐賀錦に改称されたのと同時に西陣で織られるようになったと誤解する人が出てこない?

 その間に何十年も開きがあるでよ。

九段掛けます

 結局花に対する苦手意識は払拭できんかったよ。

 新しい模様に全人生を賭ける所存。今日平織りを入れて、週末に糸を掛けます。

※前の投稿の最後の図案、多分ボールペンに入れたら映えると思う。

祐徳さんに言うとかねばということで

 今年も開催されます。鹿島錦保存会春の作品展。昨日情報をゲットしてきましたよ、このわしが。ええこのわしが。

 わしが。

・搬入……2026/3/17(火) AM10:00~AM11:00
・展示準備……2026/3/25(水) 多分PM1:00~
・展示期間……2026/3/26~2026/5/6

 毎週土日(二名ほど)と最終日(当番+役員+勇志)には実演がございます。織り手が会場に陣取っておりますので、お気軽に見学なさってください。佐賀錦の皆様方、もしいらしたら、材料費の高騰をともに嘆きましょう。

 わしはちなみに今年も小物担当で参ります。荷物は手軽に参加は気軽にをモットーに生きてまいります。

二十五割の経紙は珍しいかも

 ただーし誰も織らないという意味。織るとしたら太糸でええんやろか。

 先日言及したオークションに出ている経紙、いまだに売れていません。古経紙の割には高いからなんでしょうけれど、割数をあらためて確認していたところ、二十五割があってびっくり。昔は実売されていたんだ。一度拝んでみたい気がします。四十五割と五十割も混ざっていましたが、一部は癖が結構ついているようなので、矯正の仕方がわからないと織りづらそう。

ちょっと弱いか

 せっかくなので桝系の新しい図案を考えようと思って格闘中。一色で織るとなると弱いよね、これだと。

※体験用の織り台に立ててあるのはソフト金。結構反射が強い。私のようにしばしば反射しない経紙を使う人間からすると、凶器そのもの。

イベント終了

 ほぼ全員マダムな鹿島錦保存会は早々に午後四時過ぎ撤収ということで――

 砂漠と文楽が大好きなエイブルの総館長樋渡氏の講演に間に合うようにと自宅を出たのが12時30分過ぎ。コンビニでお茶を調達してから、どうせいつもの駐車場は満車よのうということでエイブルより手前にある第四駐車場(普段は有料、らしい)に車を停めて、いったんSAKURASに立ち寄りマダム方の御機嫌伺をした後、目的地のホールまで歩いてまいりました。雨が上がってよかった。想像していたよりも盛況でどこに座ろうかと一瞬迷いましたけど、鹿島錦保存会の会員で一列占拠する形で無事座ることが出来ました。

 実は先日から笛を吹くときの呼吸がらみで俗に言う丹田について調べていて、「文楽の太夫は腹帯をきつく締めて発声する」という情報を得ておりまして、もしかしたらその辺りにも触れられるかもしれないということで参加したわけですよ、私は。ある程度目的も達成できたし、なかなか有意義な講演でした。それにしても、橋本維新はあんなに素晴らしい芸能を「経費を食いすぎる」ということで廃止しようとしたんかい。ありえんくらい脳筋過ぎる。←「あんなもの誰が見るんです?」ということで、国立文楽劇場を閉鎖して公的支援を廃止しようともくろんでいた。

 それにしても、大阪や京都にいた頃、何で観に行かなかったかなあ、私。落語に関してももっと触れて置けが良かったと絶賛後悔中。悔し紛れにYoutubeを検索したら、太夫の方が朝ごはんを召し上がっておいででした。以前馬生師匠も出演されていたチャンネル。なぜかマドモアゼル・愛も出ていたっけ。

 さらに検索をして、祐徳稲荷の勧請元である伏見稲荷が舞台にした幕を演じる人形浄瑠璃あった。べんべん唸る太棹の音もよきかな。

 ちなみにSAKURASのイベントも盛況だったようで、たくさんの方に織りの体験をしていただけたとのことです。メンズも多かったらしいよ。今年度からまたぞろメンズ一人体勢になってよよと泣き崩れていたわしは一縷の望みを抱いてええんかな、え、ええんかな。

やはり最高値更新

 錦を織るために必要な本金の経紙の価格、当初想定されていた40,000円台を軽く超えて50,000円台に突入。昔は13,000円だったらしいです。私が入会して初めて買ったときは18,000円だったかな。その後23,000円くらい払った記憶があります。私の記憶なので曖昧なことこの上なしとはいえ、とりあえず値上がりしているのは間違いない。

 もともとの材料を購入する箔屋さんも大変だよね。織り手の私らも大変だけど。

 個人としては、今回青貝だけの注文でしたけれど、そちらも10,000円越えになるらしい。辛い。

※「仕事したくねえ」という心の叫びが天に通じたおかげて、今日は午後エイブルの講演会に出かけられます。SAKURASの鶴田真由氏ではなく樋渡館長の方ね。館長さんの古巣になるらしい文藝春秋社の編集者某Aには、過去の経験から個人的な憤りを覚えますけれど、それはそれ、これはこれ。わしもそろそろ文楽について学ばねば。桂文楽師匠とはまた違うよ。人形浄瑠璃の方だよ。

※収支に関してですが、鹿島錦や佐賀錦は、一時は内職もされていたとはいえ、そもそもが特権階級の手慰み兼花嫁修業。生計とは無縁のところで織られていた関係で、「そんなもんは存在しねえ」の一言です。手出し足出しが基本。何とかした方がいいとは常々思っていますが、わしには何の権利もなくてよう。

※八代目こと先代文楽師匠の明烏。九代目の現文楽師匠って長門裕之に似てない?

梅干し……バナナ……

 鹿島錦および佐賀錦が生まれた鹿島陣屋の跡地は、今では鹿島高校(赤門学舎)になっております。実は私もOBだったりしますが、往時の姿を偲ばせる建物は校門として認識されている朱塗りの門だけ。時々「こんな立派な門をくぐって通学なんて羨ましい」とか言われますけど、生徒は誰も通らんのよ。下足箱まで遠くなるのでショートカットして通学がデフォ。

 敷地内外に複数ある直彬公(初代沖縄県令)の像は、携えた手袋がバナナに見えることから通称「バナナさん」。佐賀の乱のときに致し方なく自分で火を付けて鹿島陣屋(鹿島城)を燃やし尽くした方でもあります。

 そんなアグレッシブな側面を持つバナナさんこと直彬公の養子が、おもちゃのポテトヘッドさんに容貌がそっくりなせいで私の中でスマッシュヒットした直縄氏。その妻が初代鹿島錦保存会会長(代表?)の鍋島政子刀自。ここまでは私も既知でしたが、ここにいたって新たな情報をゲット。直彬公の養母鍋島葛子刀自――正確には「葛」ごんべんが付く――は、近親の方から「梅干しばぁば様」とあだ名を付けられていたそうな。

 何かほほえましい。織田病院の元院長先生と思しき方の御本、「青桐 : あかつきよりたそがれまで」に書いてありました。

※昔は祐徳稲荷神社で鹿島錦の手ほどきがあったらしいのですが、その折に梅干しばぁば様が指導なさっていたという話を聞いたことがあります。祐徳稲荷で学び、佐賀市内で錦を伝えた方によると、「平織りの羽織をお召しになっていた」そうな。

※大手門学舎(元鹿島立教高校、旧鹿島実業高校)の方では昔から鹿島錦が織られているよ(・ω・)ノ 赤門学舎とはそもそも一つの学校で、社会情勢に応じて別れたりくっついたりと忙しい。

ちょっと待て

 使う材料がわかったのなら、箔屋さんに「この材料を振りかけて」と頼んだ方が早い気がしてきた。掃除が大変かもしれないにしても。