はまじのモデルも亡くなったか

 私が高校生の頃ですよ、ちびまる子ちゃんのアニメ放映が始まったの。さらに昔の一休さんも相当続いた印象ですが、サザエさんはもちろんのこと、クレヨンしんちゃんもちびまる子ちゃんも、コンテンツとして強すぎる。私がちびまる子ちゃんを夕食を食べながら視聴していたのは放映開始から二年程度だと思いますし、もう長いこと観ていませんけれど、原作者のさくらももこの軽妙洒脱なエッセイは大好きで、二十代の時に何冊も読みました。あの頃群ようこもよく読んでいたっけ。

 そういえば、先日初盆参りの時に同級生のK君と30年ぶりに話をしていて、高校の同級生で野球部のM君が亡くなったのは本当か確認したら、「それもう30年以上前」とか言われてしまいました。辛い。誰から聞いたんだっけ。岡山大学に行った別のK君から交流があったころに聴いたと思うんですが、どうも確信が持てずじまいだったんですよね。ご実家が陶芸関係ということで、当時の有田の窯業大学に進んだという話もその時、岡山K君から聴いて初めて知りました。同級生の進学先とかまるで興味なかったもんでよう。

 他にもFさんという女性が亡くなったという話を聴きましたが、こちらは確認が取れず。もしかしたら私が知らないだけで、高校の同級生の中には、他にも鬼籍に入った人がいるのかもしれない。

 中学の同級生に関しては、一度も訃報に接したことはなし。家族ごと引っ越したという話も北九州在住の金子先生が怖くて仕方がないF君以外はほとんど聞かず、九割九分実家がこちらにある=緻密な親戚 or 知人ネットワークが形成されているため、亡くなっていたらまずどこからか情報が入ってくるはずですが、いまだなし。一つ下の学年の場合は私の従弟が交通事故に遭って二十代前半で亡くなっていますし、一つ上の学年も病気で何人か帰幽。便りがないのは良い報せというのは、こういうことなのかもしれない。でも過去には死亡説が流れた人はいました――って他人事みたいに書いてみましたが、実は流されたの私なんだわ。福岡辺りでまことしやかにささやかれたそうです。

 生きとるわい。

※拾う感覚を思い出してきました。偶数目のせいで拾いづらいですし、時々肩に痛みが走るので様子見をしつつ織っています。相変わらずの超絶ローペースですが、拾うという点に限れば、初心に帰りつつあるところ。その一方で、生きている間にどれだけ織れるかなあと、毎日考えたりもして。果たして限られた時間でたくさん織るのがいいのか、それとも丁寧に織る方がいいのか。多分残りの人生を二分して、前半は数をこなして技術を向上させ、後半は緻密にというのが理想なんでしょうけど。