第一回乙丸寄席

 防音室で使っていたPCモニタが壊れて更新どころではありませんでしたが、昨日第一回乙丸寄席で三三師匠の落語を堪能してまいりました。正面駐車場はやはり遠方の方のために開けとかなきゃと、ちょっと離れたところにあるところに停めて歩いて出かけたにもかかわらず一番乗りで会場に着き、しばし愛らしい子ども神輿を眺めた後、会場の吉田祐彦記念館内に。玄関明けたら二秒で鍋島緞通。でも誰も気づいていませんでした。俺じゃなきゃ見逃しちゃうねの精神で撮影。見切れているのはスマホのカメラの設定を常にスクエアにしているせいです。

 開場まで一時間以上あり持て余していたところに私の高校次第の恩師であり、一時期ネットのおもちゃと化した主催のS先生登場。「二階のギャラリーば見に来んかい」と声を掛けてくださったので、ほぼ同時刻に着いた着物姿のマダムとともに階段を上がって見学。途中洗面台のところで、顔を洗っていらしたのか、私服の三三師匠とニアミスしましたが、恐れ多いのでお声掛けはせずにそのままスルー。階上は鹿島美術人協会+αの展示空間になっていて、S先生の作品も当然展示してあったんですが、でーすーがー、 い つ も と 違 う 作 風 にびっくり。普通の風景画やないの。どないしはったん。私が学生の頃は病んでる先(アンデルセンのもじり)と言われていたのに。そういえば象さんのドアップでお馴染みの下村先生のも風景画でしたね。象さんカモン。圧倒的象さん不足の私の心に象さんからしか得られない栄養を供給してほしかった。他には金子剛先生や、人間国宝で鍋島更紗作家のSON鈴田先生の作品も。そういえば玄関近くに置いてあったパンフのところに、金子先生の以前の展示の図録があって、無料配布されてましたえ。もろたよ、当然。

 ギャラリー内では、S先生が簡単に展示してある作品の制作者について、お二人の着物マダムに説明をされたんですが、その紹介の中になぜか私まで含まれて「彼は私の教え子で、今鹿島錦を織りよるとですよ」とふられ、あわてふためいたりもして。案の定マダムに「鹿島錦はどんな織り? 鹿島錦と佐賀錦はどう違うんですか」と訊かれたので、土曜日に新調したばかりの消毒スプレーを見せながら、「鹿島錦は佐賀錦の元になった織物で、こちらが本家です」とかいつまんで説明した次第。たまたま一緒にいらしたS先生の同級生の方が鹿島錦にもお詳しかったようで、大隈重信が改称したと言われている説に関して補足説明をしてくださいました。助かった。経緯に関して説明できなくはないけど、面倒くさいもんでよう。

 ギャラリーは退出してから開場まではひとしきり鍋島緞通をガン見しながら過ごし、時間になると同時に会場入り。

 能楽堂に入るのは初めてでしたが、なかなかええ空間やないの。ちなみに三三師匠、昨日は博多の能楽堂で高座にあがられたそうな。二日続けて能楽堂というのは珍しいらしい。

 会場には落語が初めてという方もいらしたので、いろいろと落語に関するガイダンスから始められ、いくつかの小噺を経て、一本目の演目は「真田小僧」。こまっしゃくれた金坊が父親を翻弄する噺です。「雛鍔(ひなつば)」と同系ですが、甚五郎噺に「ねずみ」や「竹の水仙」「三井の大黒」なんかがあるように、他にもあるのかなあ。

 ひとしきり会場を沸かせた後で開催された抽選会は、残念ながら外れてしまいました。当選した方おめでとう。呪いの言葉ははかないよ、わしは。

 仲入り後の二本目は、残暑が続いているということもあり、青菜。わしもまさか10月に青菜を聴く機会があるとは思わなんだ。ほぼ同じ時期にエイブルで開催された落語会では、市馬師匠が「掛け取り」、今年度の文化功労章を受章されたさん喬師匠が「芝浜」でしたから。

 嬉しいことに、スタッフの皆さんはおそろいのシャツをお召しになっていたので、やはり今後も続く模様です。今度文化祭の時にS先生に「入船亭や雲助一門も」とリクエストしてみよう。叶うといいな叶うかなの精神で。お願いすれば、噺家の皆さんに差し上げる鹿島錦の記念品を作らせてもららえるかもしれない。まあ事前に会や祐徳神社の許可がいるにしても、空想するだけなら罪はないということで。

※文化祭と言えば、以前鹿島錦を織られていたお茶の先生もいらしていました。音楽室の隣の和室で椅子席のお茶会が開かれるので、皆で行くよろし。あけぼの寄席で主賓席にいらした方(大学の先生?)のお姿も発見。

※次回は4/19の左龍師匠の会だよ(・ω・)ノ

※三三師匠の兄弟子の一琴師匠の真田小僧。デブサミット観たい。