いや五輪の話ではなくて。五輪は応援するが吉。ライバルも後で褒めたたえれば大吉。今回俎上にあげる日本すごい動画は、別のやつ。Youtubeで伝統工芸系動画をはしごしたりするからか、しょっちゅう海外の反応、いわゆる日本すごい系の動画を薦められるわけよ。しかも一回観ると延々消えん。消えないのでまた気になったものを見てしまう。結果さらに表示される。ずらりと並んだサムネの字面に、世の中こんなことになっとんのかとドキドキする。もとい。ドキがムネムネする。
なんだかなあ、他人の反応を気にし過ぎとかそういうことを書きたいんではなくて、日本人の誰かがすごいことをやる→それを褒める人を遠巻きに見るという流れで、あたかも自分が何かを成し遂げられたかのように錯覚してしまってんじゃないかと不安になるわけですよ。それはほぼ陶酔しているに等しい。そこから何かを生み出す行動につなげられればいいんだけど、動画を観るだけで満足してしまうのであれば、多分人生において何一つ成し遂げられないんじゃないかと、余計なお世話ながら、危惧せざるをえないかも。日本人すごい、そのすごい日本人の中に自分も含まれているという発想は安易な全体主義でもあるわけで。全体主義と陶酔は、人類史が始まったころから混ぜるな危険の間柄。
私はとりあえず自分が生きた証拠を何かしら残したいので、鹿島錦を織りますわ。花菱の拾い方のコツがやっとわかった。図案にも慣れ、ちょっとだけ拾うスピードが上がりました。