GoogleどんのAIさんはわしが育てたとせっせと言い張りたいお年頃。

納豆食べたい。三十代までは大嫌いだったのに今は食べたくて仕方ない。今から十四年近く前、ある日突然夜中にむくっと目を覚まして「納豆食べてみよう」と思い立ったのがなぜなのか、今でも不思議でたまらないわけですよ。おそらく体が納豆の栄養素を求めていたんでしょう。なんせ丑三刻に近かったもので、そろりそろりと家族に見つからないようキッチンまで下りて、冷蔵庫の中にあったおかめ納豆を何かに憑かれたような感じで取り出して、たれと辛子を混ぜた後、まず一粒口の中に放り込んではむはむ。意外に食べられることに気付き、数粒さらに様子見で食した後は一気にどかっと――
ひところは発酵器と乾燥納豆菌で自作納豆作りにも精を出しておりました。面倒くさくなってやめたけど。買った方が早いし、企業努力には素人は勝てねえんだわ。
実は冷蔵庫の中に入っていたパック状の食べ物を納豆だと思い込んでいたために、昨日は買わずじまいだったのですよ。今日昼に取り出して見たら絹越し豆腐でやんの。きー。
「かんかふぐう」……すぐれた才能を持ちながら、世に受け入れられないこと。または、物事が思い通りにいかず、地位や境遇に恵まれないこと。
四字熟語辞典オンラインより引用。単に使ってみたかっただけです。昔の人って、難しい漢字や言葉をいろいろご存じですよね。私の世代以下だと、漢検好きの人くらいしか知らないかも。それにつけても日本語の奥深さよ。
私の場合は「使い途が不明」という意味での一つだけですが、その気になればいろいろ作れると思いますよ。鹿島錦は陶器や磁器のように半永久的に残るものではないってことが不幸中の幸い。五千年後の未来人が私の作ったものを発掘するようなことがあれば、学会で大論争を巻き起こすはず。「手帳入れだ」「いやカード入れだ」「もしかしたらレシート保管用か」と。実際にその頃まで残るのは、多分金だけかなあ。他は塵芥になり果てることでしょう。
いいの、使えるものに使えれば。いいのもう。ちなみにこの既製品のゴムバンド、手帳とかだけでなくアームバンドとしても使えるそうですよ。デザイン的にエルフごっこも出来そう。

※御朱印帳キットを買って作って、謝楽際に持って行って古今亭のサインを集めるのが私の目下の夢。
※人形の田辺さんからクマの土台を送っていただきました。祝。何個目だこれで。多分10個くらい買っています。「こいつまたクマwww」とか言われていると思いますが、気にしない方向で。なぜクマばかりを買うかというと、明確な理由があるんですよ。だってゴリラとモアイがカタログにねえもんでよう。江戸木目込み人形の会社は、競い合ってゴリラとモアイを作るべきだと思います。買う人はいるんですよ。特に私。私以外買う人がいなかったら、私を除くすべての人類が謝罪しますので是非。
かつて易聖と呼ばれた高島嘉右衛門が現行の高島易断とは一切関係がないというのは、斯界では有名な話。そもそも嘉右衛門が弟子と認めたのは小玉呑象一人と言われています。上坂冬子著 男装の麗人・川島芳子伝の中に小玉呑象の名があったり、似て非なる「児玉」呑象を名乗る人物とその門弟が北大路魯山人の元を訪れていたり(案の定「小玉」と間違えて高島の門弟と誤認)と、調べれば調べる程混沌として実に楽しい。嗚呼楽しい。
巨人大隈公という本によると、小玉呑象が大隈重信のところへ年賀に訪れた時、「口、拳を容るゝ者は位宰相に達す」という人相学の話になって、大隈翁が自分の拳を口の中に入れてみせたという話もツボ。何しとん。拳を口の中に入れられたのは、日本では豊臣秀吉以来だそうですが、この部分は著者の私見かも。多分探せばそこそこいる。