クラシカルな曲を聴きながら鹿島錦を織るのもまたおつなものですよ。
落語の年末はたいがい旧暦なのでまだ先だったりしますが、そろそろ芝浜の季節です。掛取りもいいけど芝浜もね。ちなみに私の初生芝浜はさん喬師匠でした。それにしても一陽来復は冬至の時に使う易に由来する言葉だとあれほど!!
ベイベ。
我が家のように、物心ついたころから「サンタなどいない。プレゼントは我々親が買っている」という姿勢を明け透けにしていた夢もへったくれもない家庭は、昔ならいざ知らず、今は少ないんでしょうね。でもお子らには真実を伝えたい。サンタって実はamazonの配達の人やで。黒幕が親。それが世の理。
人生に薹が立って久しい私も、amazonさんのクリスマスセールに便乗して何かを買いたいんですけど、さてさて何がよろしかろう。やはりPDF化した自炊本を読むのに適した、10インチのfire HDか。この間から書いていますけどまだ買ってねえんだわ。まあ、Blissを入れたおpanaさんで表示してもいいんだけど、スタンバイモードで一晩置くと放電しちまうしよう。血迷って追加で購入したバッテリパックが合計三つあるとはいえ、いちいち交換すんのが面倒。もっともfireを買ったとしても実際に使うかどうか正直わからん。Echoはうざいだけの目覚ましと化していますが、どれだけ動画を観ても音楽を聴いてもバッテリ切れの心配がないため、寝込んだときの保険にしています。本当買ってよかったと思う。Fireテレビはベッドから遠いので見えねえんだわ。
※初心者教室の連絡用LINEは、期せずして年末の挨拶天国となっています。どうしよう、わしも一言発言しといた方がええんやろか、でもまだ20日やし……と思案している間に機を逸してしまいました。辛い。セーターはいよいよ袖を編み始めたよ。でも明日は他にやることがあるから編物は後回しだよ。
「勝手に体に沿ってくれる」というストレッチ編みの特性を活かして邪道な手順で作る純毛セーター、いよいよ5着目の身ごろが完成しました。小森のおばちゃま風シルエットにするため、身ごろだけで23玉弱。はてさて、残り7玉強で袖まで編めるかなあ。今編んでいるものも含めて、後4着編んだら新しい毛糸を調達する予定。
一方の流水は、あと6段織ったらおおよそ120段=一模様になります。今日は友達との忘年会代わりに佐賀市内までうなぎをたべに行ったので、結局織れずじまいです。拾う気力がねえ。
仕事に追われたり編物にはまったりして、さっさと終わらせたいという気持ちはふんだんにあるのにも関わらず、遅々として進まない。まあ包みボタンが出来るくらいには織れましたけど、浮き綾の鹿子にはいつ入ろうかと思案しています。もうちょっとこの流水を織ってみたい。

それにしてもバイパスの方に店集まりすぎ問題は深刻。
昔祖母達に頼まれて冬の腰巻にするためのフランネルの布とか買いに来た界隈を、用事を済ませるついでに散策してみました。画像が妙に陰惨な感じなのは手持ちのカメラの「ドラマティック」というモードで撮影しているから。曇りの日はどうせ突き抜けた青空は撮れないため、開き直ってドラマティックでパシャパシャやっています。構図とかなんも考えんタイプよ、わし。お早うからお休みまで日の丸構図でいいじゃないか。だって素人だもの。みつを。















散歩中のスナップは今の古デジで充分なので、鹿島錦を撮影する時用に、最新のカメラが欲しいよう。
※怖いよう怖いよう。JPEG撮って出し原理主義者が怖いよう。
夏場のお祝いにはお赤キャンデーがよろしかろう。わざわざ手作りする必要ないですよ。売ってありますから。商品名はあずきバー。もう突っ込まなくていいから。求めてなんていないから。
何を隠そうこの私も昔は赤飯が苦手でした。食べられなくはなかったんですけど、家にあった学研の学習マンガに掲載されていた某Gの卵嚢が小豆に似ているなと子ども心に感じた瞬間から、給食や祝い事の席で赤飯が出るたびに「もしかしたら作った人が気づかずにGの卵を混ぜちゃったかも」と疑い出したせいで恐怖のズンドコ。一粒ずつ箸でつついて確認しながら食べていたもんで、赤飯の時だけ食べ終わるまでにかかる時間が長い長い。まあもともとクラスで一番食べるのが遅い子ではありましたけど、輪を掛けておそくなるんだこれが。
お赤クッキーもよさそう。
お赤蒸しパン。
お赤パン。
ひっひっふー(ひっひっふー)、ひっひっふー(ひっひっふー)ということで、ラマーズ法ってもしかして我々メンズのリラックスに効く? と思って調べたけど、なんかぱっとしない。心理的無痛分娩とか書いてありましたけど、無理ない? 痛いもんはどうあがいても痛いでしょうに。教えて経産婦。痛覚をコントロールできるような後催眠暗示の方が無難な気もしますが、多分臨床心理士の数って妊婦さんより少ないよね。そういえば帝王切開は楽とか言い張る人がたまさかいらっしゃるそうな。腹を切って赤さんを取り出して縫うのが楽ってどういうことなのか意味が分からん。あれはあれで大変だと思いますよ。私には想像することしかできない&現実の痛みが想像を凌駕することなど百パーセントありえないにしても。術後すぐ切開部分がくっつくならいいでしょうけど、そんなウルヴァリンみたいな新ママそうそうおらんわな。麻酔は麻酔でリスクを伴うし、自然分娩でも会陰切開とか聞くと、人一倍痛みに弱い私はひいいいいいいいとなって、鹿島錦織る時間なくなる。
私が二十歳の頃でしたか、母が筋腫の手術をして子宮の全摘したのは。医師から「これが取り出した子宮です」と有無を言わさず見せられたのを覚えています。事前に看護師さんにでも「ご覧になりますか」と訊いてもらいたかった。訊かれていたら全力で首振ったわ。赤さんの時以来、約二十年ぶりの再会ではございましたが、いいとこトラウマ。
あの時期の他の思い出は、付き添いをしていた病室で暇すぎて赤川次郎の本を読みまくったこと。それまでまったく読んだことはなかったんですけど、あの人の本、軽妙洒脱過ぎて、一冊読むのに、どれだけ時間がかかったとしても一時間もあれば足りるので、母が退院するまでしこたま読みました。ちなみに三毛猫ホームズシリーズでは、ヨーロッパまでのこのこ出かける騎士道が好き。全作品を読んだわけではないにしても、将来読み返してもいいかなあと思うのは、あれだけかなあ。もう長いこと読書からは距離を置いておりますけど、今はもう純文学を謳う作品ですら腹が立つほどのスカスカ文章になってしまって、まったく読む気がしない。
※家にあった古い雑学の本に書いてあったので、真偽のほどは定かではないにしても、「帝王切開」というのは誤訳であるという説があるのが、私的には興味深い。昭和の占星術の本には「古代ローマで出生時間をコントロールして帝王にするために手術したのが謂れ」とか書いてある場合もあるのですが、誤訳説の方が信ぴょう性はあるわな。実効性があるにしても、お小水で歯磨きしたり洗濯したりしていたかの地でそんなことやったら、妊婦はいくつ命があっても足りんわ。出産直前に亡くなった母親から赤さんを助けだす程度ではないかと推察。