本末転倒案件

 昨日、円生の能狂言を聴きながら十段ほど織った後で「ちょっと休憩しよう」とオカリナのSC管を手にしたのが運の尽き。楽譜や伴奏音源の整理も始めて、その中に「ああこの曲大好きで毎日何時間も練習したっけ」というのを見つけて、懐かしさを覚えて試しに吹いてみたわけですよ。軽い気持ちで。つっつらつーと終わるかなと考えて。気が付けば二時間経過( ゚Д゚)。ダメですね。このままではダメだ。でも封印はしたくねえ。

 ところで本末転倒と言えばうちの母。いろんな情報に影響されやすくて(私もか)、今は玉ねぎの皮茶にはまっている模様。親戚から痩せると聞いて試しているようなのですが、調べてみたところ、玉ねぎの皮には可食部の三十倍以上のケルセチンが含まれているとか。でもさ、玉ねぎの可食部なんてどう考えても皮の何十倍もの量があるわけだから、普通に食べた方が早くない?

 まあ、結果としてゴミも減らせるでしょうし、本人が好きでやっていることなので放置しますが、多分一月も続かないに私の清き一票を捧げます。面倒くさいことは続かない。それが人類史における絶対にして唯一の真理。私が食べていれば自然に痩せる炒りぬか生活を続けられているのは、肉を切らせて骨を断つ的にチョコレートで味付けしているから。とどのつまりおやつ感覚。「おやつを食べるのって面倒くさい」とはならないのが心底不思議。

※チョコレート炒りぬか&最近適当踏み台昇降生活を継続して痩せてきたのはいいにしても、なで肩も復活してきて、バッグのベルトが肩にかからなくなってきました。するするりと落ちやがる。肩め。

※オカリナ事件を経て、私の場合はやはり織る派ではなくて作る派だなと実感。正確に書けば作るために織る派であって、織ること自体を楽しむ派ではないです。だいたい鹿島錦を始めたきっかけが「材料が欲しかった」からですからね。誤解はしてほしくないのですけど、織るのが楽しくないわけではないし、もちろん達成感もあります。でもその楽しみの領域のほとんどは、他の作業で容易に陣取られてしまう。錦でしか楽しめない部分がわずかしかない。私論ですけど、役員とか会員代表には絶対織る派の人を据えるべき。会の存続のためにも。でも大先生との約束は絶対守るでー。なぜならそれは「約束」だから。