Xで某党の眩暈がするような合唱タイムの動画が流れてきて唖然とした次第。あくまでも切り取りなので全体像はわからないにしても、危機感が無さすぎない? 根拠あっての事ならまあいいととはいえ(嘘。よくない)、その根拠が「Youtubeの動画で大丈夫だって言ってたから」とかなら、わしの症状は悪化すること請け合いよ。なんかもう、左は左で辺野古の事故に対して無責任だし、右は右でビバ与党派&ゼノフォビア派が跋扈しているし、何をどうすればよいのやら。ここではあまり政治的なことは書きたくないのですけど、とにかくもう職場で使い捨て手袋が手に入らないわけよ。どうすんのこれ。サランラップも値上がりやで。いずれ排泄用品も買えなくなるでしょう。石油由来の材料がパッケージ他使われているからね。安倍さんは、賛否両論はあったにしても、とりあえずアベノマスクは配ってくれた。でもサナエノツカイステテブクロはいまだ配られず。サナエノユニットバスでもサナエノエンジンオイルでいいから配ってほしい。現場は待ってんだからはよ。
はよ。
閑話休題。
私個人が政治家に求める資質は、まず第一に陶酔しないこと。物理的に酔って失態をおかさないということも含め、何よりまず賞賛や栄誉に酔わないことが肝要だと思うのです。でも大多数の人にとってはそうではいらしい。これに関しては、まあ私がマイノリティだということでしょう。
よく落語の中で一陽来復という言葉が出てきますが、あれはもともと冬至を過ぎれば陽が伸びるという意味でして、正月を示す言葉ではありません――というか、はるか昔の現赤い国旗の国では冬至が一年の区切りだったので、その名残が受け継がれていると表現した方が正しいか。冬至を坤為地と見立て、初爻が陽に変じて地雷復となり、そこから地沢臨、地天泰、雷天大壮、沢天夬、そうして夏至の乾為天に至り、同様にまた坤為地へと戻り、延々と流転を繰り返す。陽極陰転・陰極陽転が世の理と易は説きます。
翻り最初に紹介した映像をの話をすると、壇上に立ち唄う人たちは、皆この世の春を謳歌していると言わんばかりの満面の笑み。悲願の改憲の達成に王手をかけられたことに対して、悦びばかりが先んじていて、誰一人としてその重責を正しく受け止めることができているようには、残念ながら見えない。政策がすべて効を奏して世界が安定に向かい、日本の抱えている諸問題が解決に向かえばもちろんそれでいいのですが、そうでなければ、衆院の議席の大多数を確保している都合上、失敗が続いた時点ですべての非難が自分達の背にのしかかり、場合によっては党の解散という憂き目にあうかもしれない。そういう危機感が、まるでない。あなた方は今、何らかの判断ミスがあったとしても、決して誰のせいにも出来ない立場なのですよと、近しい人が忠告すればいいのに。日本の伝統がそんなに大好きなら「勝って兜の」に続く言葉が何かわかるでしょう。浮足立っている時間などないはず。エレベーターで言えばいいとこ重量オーバー。あとガチャやってキャッキャウフフしている場合か裏金議員。
個人的には民主主義は数の暴力、社会主義は思想の暴力だと思っています。いずれ正しく機能するためには、個々人の成熟を待つ以外ない。
長々しくいろいろと書き連ねていますが、要約すれば「しっかりしてもらわないと、心が乱れて織れねえわ」ということで。与党も野党もしっかりしていないという今の状況が一番悲劇――もとい、喜劇的か。
※三易の中では周易の知識が一番乏しいので勘弁して。乏しいというかほぼないです。蛇足ながら、日本でも石油が出ないことはないんですけど、さすがに少なすぎてねえ……。
※使い捨て手袋、いまだ備蓄分を放出しない、アンケートもないということは、コロナの時の放出分をいまだどの自治体も補填できていないのかもしれない。