忘れぬうちに

 今日の嬉野市塩田町のリバティの落語会の演目は

・寄席お囃子解説&金山はるさんの三味線と始さんのイケメンかっぽれ
・古今亭始さん「元犬」
・漫才 ホンキートンク
・三遊亭歌奴師匠「掛取り」歌奴バージョン
・林家二楽師匠 紙切り 客席からのお題は「花魁」「夏休み」「宝船」
・林家正蔵師匠「鼓ヶ滝」

でした。濃いよ。濃かったよ。そうして良かったよ。

 予約していた古代ローマの庶民の生活、八十八星座のあらまし、インドにおける占星術と天文学の歴史、および劉伯温の焼餅歌を解説した本を借りに鹿島市民図書館に寄って、その後鹿島郵便局にこの間のプリペイドカードの受け取り。窓口で「差出局は武雄郵便局と書いてありますが……」と言われたけど、わしゃちゃんと武雄の方に受け取り窓口を鹿島にしてくんろと連絡しておったんやでと説明し、無事受け取り完了。そのあたり抜かりはないわけよ。局員さん、反省しんさい。

 さらにコスモスとダイソーに寄ってから、いざ鎌倉とリバティに着いたのが、確か3時30分くらい。さすがにこんな時間には誰もおらんだろうと思っていたのに、すでに駐車場にはうごめく人影。しかも何やら見慣れたシルエット。近づいてよくよく見たらなんとうちの職場の看護師さん。わざわざ希望休みを入れてまで落語会にいらっさるとは――と刮目しましたが、実はそんなに落語に詳しい方というわけではないので、コアな話出来んのよ。無念。時間も早いし言葉を交わすのは後でいいかと、私もとりあえず奥の駐車場の方に車を停めて、4時頃玄関前に向かうと、そこにもすでにいらしている方が。いろいろお話をうかがっていると、地元塩田の落語愛好家らしい。「まだ開かんとよー」とおっしゃっていて、開場の5時までどうしようと思いながら、その方といろいろ話をしていたら、なんでもいつもはリバティの落語会は昼間に開催されるのだとか。その方も「夜にするてわかったとったら買わんやったとけ」と嘆いておいででした。高齢者が多いから、夜の運転は怖いですよねという話をした次第。どうでもいいですがホンキートンクの弾さん、その時間は会場周辺をうろうろしてはりましたよ。「楽しみにしています」と声を掛けた方が良かったんでしょうが、性格が著しくシャイなもので無理でした。やはり時間がネックだったのか、あるいは天気が悪くて寒かったからか、どうせなら一緒にとくだんの看護師さんと合流しつつ、「今日は寒いから早めに開けます」との関係者の言葉に甘える形で4時45分頃に入館しても、人が少ない。話によると当日券がかなり余っているらしくて、せっかくいらしてくださった正蔵師匠他芸人およびお囃子の皆さんに申し訳ない気持ちがいっぱい胸いっぱい。

 全席自由席ということで、まあ三分の一強しか埋まっていない感じでしたが、都合二時間半待った甲斐があって、最前列から二番目の席で鑑賞出来ました。皆最前列座りたがらないんだわ。私もそうだけど。二列目くらいが一番いいですよね。舞台からいじられないし。

 普段は裏方金山はるさんがスポットを浴びた寄席お囃子解説の直後に高座にあがったのは、もうすぐ真打の古今亭始さん、コロナ全盛期にやっていらした古今亭を知ってもらおうという配信はいろいろと機器の操作に失敗しがちでしたが、落語はしっかりした感じ。まあ志ん輔師匠仕込みですし。でも元犬であれだけはっちゃけた感じを出せる人だとは意外。もっとなんか気取った感じでやるのかと思っていました。←偏見 ちなみに元介護福祉士らしいよ。イケメンかっぽれも初めて見た。自虐的に「イケメンじゃないですよー」とネタにされていましたが、そもそも住吉踊りのイケメンかっぽれ自体若いというだけ以下自粛。

 ホンキートンクの漫才も配信以外で見るのは初めてでしたが、遊次さんに流れる金翁師匠のDNAがもうね。泣けてくらあ。笑わなきゃいけないんですけど。それはそうと弾さん、もしかして途中の激しい動きで足の筋痛められたのかな。「痛っ」とか言われていたけど。ネタに言及すれば、北斗の拳は私のツボでした。多分年齢的にわかっていなかった人も多いと思います。YouはShock。

 歌奴師匠の掛取りはほぼ改作。皆自分の得意ジャンルを入れてきますね。市場師匠の歌みたいに。地方公演だから遊んでらっしゃるのかな。今回は相撲の取り組みと寅さんが入っていました。芝居の方に時間をかけて魚屋の金さんはさらっと流す構成は新鮮。さすがイベントのために自腹で寅さんの衣装をあつらえる方だけあって、しっかりと寅さん愛が伝わってまいりました。仲入り中に後ろの方の席から「この人も三遊亭の一族ばい」的な会話が漏れ聞こえてきたのも私のもふポイント。一族ちゃう、一門やでと耳元でささやいて差し上げたくてたまらなかった。まあ、三遊亭といっても圓歌師匠の系列ですからね。調べたら圓生一門より故金翁師匠の一門の方が近いみたい。

 二楽師匠は、何度も何度も何度も何度も同じ話をしていらっしゃるのに、なんでああして笑っちゃうんでしょうね。花魁と宝船はともかく、私の斜め前の方がリクエストされた「夏休み」というお題にはのけぞりました。今絶賛11月やで。

 トリの正蔵師匠は、なんというか、声だけ聴くとタッチのキャッチャー(古)。グスコーブドリでも声優をされているらしいけど、私の中ではタッチのキャッチャーなんだわ。名前が出てこないあのキャッチャー。達也とバッテリーを組むことになる。どうでもいいですかそうですか。なお不詳わたくし、常々当代の正蔵三平兄弟には、滑稽噺より人情噺を極めてもらいたいと考えている口です。圓窓師匠の持ちネタでもあった、鼓ヶ滝という若き日の西行のことを描いた話は、それ自体が演じ手を択び、何らかの文化的背景や文学的素養を持っている人でなければ表現しきれないものがあるような気がします。圓窓師匠の場合は俳句か。正蔵師匠の場合は落語ですね。祖父から二人の息子に至るまで、一族郎党噺家尽くしの海老名の家に生まれたという裏打ちがあるからか、正蔵師匠の鼓ヶ滝には、何やら妙な説得力を感じました。あれでケンタッキーの下りだけ外してくれればよう。もしくは西行ではない誰かが読んだということにしてくれればよう。

 奇しくも、次のSAKURASの落語会は、正蔵師匠の元義兄の小朝師匠。こぶ平時代に「仲が悪い」って話がよく浮上していましたよね。今はどうなんでしょう。そんなことも気にしつつ、12/9の落語会も楽しんできます。次回は全席指定で、ぴあだと選べもせんかった。M列ってどこやのん。

 明日は昨日拾った目に糸掛け。今日はもう織る気にはなれないので寝ます。いつかペペ先生も呼んで欲しい。

これは掘り出し物

 五十年前に発行された染織と生活第3号が届きました。本丸の更紗特集はとりあえずすっとばして、先に鹿島のことを紹介した記事を読んだのですが、てっきりコラム程度の紹介とたかをくくっていたら、独立記事やんけ。井手センセや佐賀大学の石井センセの御本など、一部の専門書を除き、ここまで詳細に鹿島錦と佐賀錦に関して的確に解説された本は見たことがないと現会員の私が断言できるほどの、圧倒的な完成度。これは必読。読まなきゃダメ。ダメダメダメ。

 土日で早速スキャンのすけ。今日は午後から落語会に行くんだわ。郵便局やSeriaでの用事を済ませてからまっつぐ行きます。まっつぐ。

※文中の「久保白」は多分「久布白」の聴き違い。幸いというか残念というか、記事中にせくすぃ大先生は掲載されてはおらず。したがって私が悩殺されることもありませんでした。守れたでわしの脳細胞。

不幸は続く

 正しくはケアレスミスですけどね。小台の引っ張り紙の幅いっぱいに本金を貼ってしまったせいで、一番右端が紙からはみ出て、軸に直に巻き付いておりました。道理で端が整わないはず――と、半ばいきり立ちながらカット。バランスを取るために左端もカット。まだまだ下手くそさんなわけですので、普段は岸は保険を兼ねて四目確保しておりますが、今回は三目でごー。

 そんなことより、今回の織りは例の提出物になるかもしれないため、初心者フレンドリーで縮みづらい桝で織ろうと予定していたのに、糸掛け用の目を拾った後で図案を広げて眺めたら、実際は桝が入った立枠やないかーい。糸掛けに必要な部分しか表示していなかったせいで、とんと気づかずにおりました。無念。拾い直すのが面倒なのでこちらもこのまま進めます。鹿島錦における立枠=流水さんと御親戚なので、縮むかも。かなり縮むかも。気を付けながら織らないと。

 肩の痛みはもちろん残っていますが、それ以上に、利き腕になのに力が入らず時々ヘラががくんと落ちます。糸掛けの目を拾い直す気力もなし。多分掛けないともうしばらくは満足に織れないはず。人生はえてして短いものなので、躊躇せずに掛けるで。

私人逮捕系YouTuberときたもんだ

 どれだけ傲慢になったらそんなことが出来るんでしょう。「私人逮捕」に関して、ものすごい拡大解釈をしていそうな塩梅。さぞかしお金になるんでしょうとしか書きようがない。おそらく今一番新しいカテゴリは、私人逮捕系YouTuber逮捕系YouTuberかな。以下、大きなカブが抜けませんなみに無限に続く。

 今は昔、ガーディアンエンジェルが日本でも活動を始めた時に思ったこと。当時出稼ぎに来て街で春をひさいでいた東南アジアの女性たちを、軒並み、客待ちをしている公園から追い出す映像がワイドショーで流れていたんですよ。それがもう腹立たしくてよお。彼らはそれが優先されるべき正義だと訴えていたけど、彼女たちがどれだけ嫌でも体を売らなければ家族が飢える、その部分をなおざりにしていたのがすごく気になった。立ち退かせるなら、同時に国の家族の生活の保障をすべきなんよね、そもそも。それが緊急時を除いて法的な権限を持たずに他人の人生に干渉する側の責務。自分は人生を傷めずに、安全圏から抜き出した部分的な情報だけで他人を裁く。それがどれだけ独善的なことかをまずわきまえるべきだし、翻れば、その事実をわきまえていたら、そういう手法は取れないはず。

 私人逮捕系が何の役にも立っていないとは言わないし、そこから生まれる抑止力もあるんだろうけど、そこまで犯罪を撲滅したいなら、なぜ警察官にならなかったのかと疑問をぶつけてみたい。年齢的に警察学校を目指せなくても、一切動画を撮らずにボランティアでパトロールも出来るでしょうに。

 地方に移住してこんな被害を受けましたと主張する系YouTuberの、どんな時でも完璧な訴求効果を追求しがちな営業サムネにも似て、相応の闇を感じるばかり。私の周りにも自分が目立つためならどんな嘘でも平然とついて人間関係を引っ掻き回すパーソナリティ障碍がいるので、そういうのには飽き飽きしてんだわ。私人逮捕系動画の裏にもいろいろ利害得失があるわけで、いちいち錦の御旗のように振りかざしてくるうさん臭い理想論に騙されてなんかやんない。

※書いていて、地方に移住してこんな被害を受けましたと主張する系YouTuberを私人逮捕する私人逮捕系YouTuberを追い回す私人逮捕系YouTuber逮捕系YouTuberの動画を無性に観たくなってしまった。代わりにこれで我慢の子。

※最近リバウンドしているのでお腹が空いても我慢の子。

だらだらやっているからかなあ

 最初の頃に二回明晰夢を見ただけで、その後はだらだら記録するばかりの夢日記。しかーし、今朝は夢の中で白柴さんと茶柴さんをそれぞれ抱っこして運ぶという僥倖に恵まれました。なんかもう、あの冬支度をしたお柴さんのモフモフ感と重みを夢日記のおかげで忘れずにいられるだけで、五十年は寿命が延びそうです。夢の中なら換毛に悩まされることもないですし。

 関係ないけど急に冷え込んできたから、仙骨にミニカイロ二枚貼ったで。

※ちなみに去勢済み地域猫のおぐらさんは、餌さえあげていればいつでも抱っこさせてくれる程度には人慣れしております。最近やたらと太ってきてずっしりさん。姉妹で捨てられていたのを拾って育てているうちのワンコは、一匹を抱っこするともう一匹が激しく「私を! 私を!!」とアピールしてくるので、成犬になってからは抱っこしていません。細身の中型犬とはいえ二匹交互 or 同時は体がもたん。

 

無頼無法……だとぅ

 もうすぐPrime特典から外される映画の一覧を確認していて「無頼無法の徒さぶ」という古い邦画を発見。もしやと確認したら山本周五郎のさぶでした。普段は洋画しか観ませんが、古い作品は別。

 そんなことよりなんでさぶが無頼無法の徒なのかさっぱりわからん。愚善を絵に描いたような下手っぴ職人ですよ。マーケティング?

※最近は去勢済み地域猫おぐらさんへの朝の餌やりは父が担当しておりましたが、昨日からあいにく旅行。餌を餌をとにゃおにゃお鳴くので先ほど食べさせました。肥満化が止まらないのは、多分余所でも食べているせいだと思います。

※栄二は一時的にやさぐれただけだしよお。

なかなか整わず

 引っ張り紙への貼り方が悪かったのか、織り出しでつまずいております。14段平織りを入れても整ってねえ。鹿島錦の場合は佐賀錦のようなこよりは使いません。多分どこかで誰かが手を抜いてそのままではないかな。そのおかげで同じ長さの経紙でも、佐賀錦で織るより若干長めに織ることが可能。まあ鹿島錦教室で普段使うのは特注の1mのもので、その時点でやや長めなのですけどね。

 こよりを使わない分、最初から長めに平織りを入れて張力の乱れを整えていきます。奇跡が重なり1cmも織らずに綺麗に整う時もあれば、糸を入れた時の水平方向の角度まで揃えるのに長めに織る必要がある時もある。貼り方以外にも、まれに切り屋さんの(ぴー)が理由の時も。

 今回は多分私のミスなんだわ。まあもうちょっと織れば大丈夫そうなので貼り替えない方向で。最初の数段特にボコボコやで。

書籍待ち

 昔の「そめとおり」の別冊に染織と生活というシリーズがあるらしく、その中で更紗の特集が組まれていて、当然のように鍋島更紗も取材されているそうな。その部分ももちろん読みたいのですが、実はその号では、別枠で、佐賀錦のふるさととしての鹿島に関する紹介がされているそうで、早速注文した次第。目次に記載されている「佐賀錦の古里:肥前鹿島(染織風土記)」には、そそられるばかり。

 察するに「鹿島まで取材に来たけど、鍋島更紗だけではもったいないよね。他にここ何かない? え、鹿島錦? 何それ、佐賀錦のこと? こっちが源流なの?」という流れだったのではないかと。そめとおりの本誌に関しては国会図書館にある程度揃っていて、デジタルコレクションでも読めるのですけど、別冊の染織と生活のシリーズに関してはまるでヒットせず。実物を入手するために今日中に代金を支払予定。

 調べてみたら私が生まれた年の本なので、50年前さね。もしかして若き日の大先生のお姿とか拝見できるのでしょうか。そう考えると 恐怖のズンドコ ワクがムネムネ。悩殺されたらどうしましょう。

ひとまず本金立てりーの

 明日糸掛け―のから織りだしーのの後、さらに糸掛けーのして桝を織り―の。

 昔バカリズムがやっていませんでした? トツギーノ。

 実は糸掛けと同じくらい整経が好き。乱れていたものが整然と並びなおすのがたまらん。

※鹿島錦保存会会員の錦が、日本三大稲荷(註・神社系)に新しく出来る施設に飾られる(かもしれない)というのは、実に名誉なことながら、締切という切実な問題が、アルゼンチノサウルスなみの巨躯で眼前に横たわっております。明日の話し合いのことを考えるとドキがムネムネ。

麻酔を打つならデ〇ィ夫人に

 由々しき事態ですね。熊の駆除に関して、自治体に抗議の電話がやまないのだとか。そりゃあ熊だって生きているわけですが、生きるということは他の生命を獲物として犠牲にすることであり、その獲物の中には人間も容易に入りうるという事実をもっと直視した方がよかないか。

 いっちょかみ好きのデ〇ィ夫人も、例の調子で「アメリカではー」とか言い出した模様で、いや、そりゃアメリカなら広大な国立公園もあるし、麻酔銃で眠らせてヘリで運ぶというも選択肢も充分有効に機能するでしょうが、日本のどこにそんな土地があるのかと。北海道ですらあやしい。ちょっと入ったところに送り返しても歩いてまた町中に出てきますよ、熊って強靭なんだから。

 殺さずに生かしたいのであれば、日本の場合は、まとめて動物園のようなところで飼育するしかない。そのために貯金なり寄付なりをしている人間以外が抗議をしても、結局他人事だから自分が現実をまるで認識出来ていないことに気づかぬまま好き勝手ほざいてんだろうなとみられるのが、物の道理というもの。

 そもそも正義も悪もそこにはない。あるのは崩れつつある自然のバランス。動物園以外には熊がいない九州の人間でも、さすがに熊と仲良く出来るとは思ってはいませんがな。

※以前、高齢の男性が、手塩にかけて育てていた熊に殺されるという事故がありましたね。あれなんか、育てていた熊可愛さゆえに、自分の人生が終わりつつあると自覚した被害者が、自分から屠られることで、十中八九直後に殺処分されるであろう熊とともに天国に行きたかったのではないかと、私は受け止めました。この方が生前に抗議したのであれば、私も無条件に認めざるをえないかも。説得力が違うもの。