もうそんな季節か。去年の中継のグダグダが懐かしい。今年はオンライン同時開催はないのかな?
関係ないけどチンチラさんが可愛すぎる。
お互いを汚くののしりあう、過激な処理水反対派と同じく過激な容認派に業を煮やしたもんでよう。それにしても「美しい日本がー」って息巻く人ほど美しい日本語を使おうとしないのは、まさに総天然色大活劇的世界三大七不思議。
話の舵を無理に切ります。睡眠不足かれこれで疲れた自分にご褒美動画を捧げよう。埋め込み禁止になっているのでリンクを貼っておきます。山ねずみロッキーチャックの第一話。私が生まれた年の名作劇場なんだってさ。辛くない。うっすらと記憶が残っているのは、おそらく再放送か何かで観たからでしょう。OPを聴くだけで、懐かしさのあまり全身の血液がカルピスになるような気がいたします。A1Cも25くらいに跳ね上がりそう。
※金カムを4thまで観終えたら、海外ドラマで踏み台昇降をしようと予定していましたが、検索したら懐かしのアニメが次々に出てきましたので、とりあえず母をたずねて三千里あたりでも観て、泣きながら踏み踏みしてみます。ちなみに原作はクオーレという児童文学の中の作中話。相当短いのに、よく引き伸ばしたなと感心しきり。その分腹立つくらいにマルコが母親に会えませんけどね。例のハヤオがまだ 偏屈ではなかった 現役バリバリだった頃、高畑勲と製作したっぽいよ。
高いところが苦手な私は、椅子とか脚立に立つ時もプチ恐怖のズンドコ祭りを開催するタイプ。高層ビルの展望室など、どれだけ安全性が確保されていても「高いところはイヤなんじゃ!!」とソウルフルな叫びをあげざるをえないわけですが、世間を賑わせている処理水に関しても同じではないかと思う今日この頃。
私が高いところが怖いようと常日頃嘆いている高所恐怖症なら、処理水に頑として反対している人たちは、風評以外を恐れる福島近辺の皆さん、漁業関係者、政治的な意図がある人や陰謀論者をのぞけば、十中八九ラジオフォビア=放射線恐怖症。これはもう生存本能に直結した反応ですし、放射線と聞いただけで脊髄反射で怖いと思わざるを得ないでしょうから、どれだけ科学的な根拠を説明しても、克服するのは難しい。そもそもがカウンセリングの守備範囲。究極的には本人が克服する以外ない。そうすることが是か非かはさておき。高所恐怖症の場合は高いところに近づかなければそれで事足りますが、視認できませんからね、放射線は。しかも放射線測定の方法もきちんと学ばず、かつ精度のあやしいガイガーカウンターを買って、数値に振り回される人も少なくない模様。
まあ、誰が悪いかといえば、地震直後に米軍の原子力専門家の助言を聞かずに「廃炉にしないといけなくなるから、直接海水で冷やしたりホウ酸を投入したりはしない」と言い張ってテコでも動かなかった東電が一番悪いわけですが、IAEAが客観的にモニタリングしてくれている間は、こと処理水に関しては大丈夫なのではというのが私の認識。喫緊の課題は風評被害をどうするか。
※中国文化は好きですが、現中国政府は一切信用しておりません。
※Metal Parts Japanさんのクマとイルカのパーツが届きました。素晴らしいの一言。安っぽいそこらのレジンパーツとは一線を画しております。以前買った10枚5,000円の本金箔がまだ残っているから、皿を本金箔加工してもいいかもしれない。自分用にLINKに追加しておきます。
※ご自身が被爆されていたり、被爆経験のある親族が身内にいたりなど、いろいろなケースが想定できるでしょうから、ひとくくりにフォビアとしていいかどうかは要検討。
Creema経由でMetal Parts Japanさんのクマとイルカのパーツを購入。鹿島錦に使えるかどうかはわからぬままに。銅板だけ買って向い合せに貼って、リバーシブルにしてもよさそう。材料ばかり買ってもようとか言われるかな。辛い。

ちなみに私も耐えられんぜよヽ(゚∀゚)ノ ということで名誉Z世代に入れてもらえんやろか。今年五十やけど。ダメやろか。
正直に書けば、何もかもをひとくくりにして〇〇世代と表現して斟酌なく一刀両断することに何の疑問も抱かない人の方が、私は逆に怖いですけどね。なんだその集団主義的解釈。いまだに「ゆとり世代がー」とか平然と言う人間もいるし。感覚が古い。古すぎる。さらに古い言葉ながら、一周まわって逆に真新しさすら感じる十人十色というステキ言葉をご存じないんでしょうかね。落語風に書けば十人いれば気は十色。世代というのは確かに傾向を見るのに便利な指標になるけれど、そこにこだわりすぎると個の本質を見失う。人としていかがなものか。え、いかがか。
それにしても、動画サイトの倍速再生云々の件、じっくり内容を咀嚼したい動画と、単純にインプットする情報量を増やしたい動画とで再生速度を使い分けて、何が悪いの? 合理の極みじゃないですか。反対する意味がまったくわからない。状況に応じて早織りと拾っての織りを使い分けるみたいなもんやで。
※「男の人に下ごしらえのことを話してもわからないから……」とか真顔で言う某おばちゃんにもひとしきり困惑。脳みそすりおろしてやろうか。
ありごとさねゆきさんでも可。何が有言実行かというと、先日から取り組んでいた、某クラシックの名曲を使ったプチ座禅。1セット四分弱、メロディに合わせてゆっくりと呼吸を繰り返すだけの簡単なものとはいえ、短期間に100回繰り返すのは結構大変でした。自分でも何でこんな目標を立てたかさっぱりわからないとはいえ、やってよかったというのが一番の感想。多分織りの合間にプチ座禅を取り入れることで作業がはかどるかもしれませんし、はかどらないかもしれません。なんだかんだいってもマインドフルネスのように脳を休める効果は確実にあるようで、何セットか繰り返すと、心が落ち着いてすっきりさん。
残りの人生を有意義に過ごすために、何が必要で何が不要かも、しっかりと見えてきたような気がします。何もしない、ただ呼吸と音楽に意識を傾けるだけの時間を通して過去に対峙することで、これまでどれだけ時間を無駄にしてきたかを気づいたりもして――
明日からはもっと真摯に鹿島錦に取り組めそう。肩の痛みも徐々に落ち着いてきました。いろいろ試して一番楽になったのがこの動画で紹介されていた方法。
※私がプチ座禅に使っているのはバッハさんの曲ですが、タイスの瞑想曲とかベートーヴェンの月光も捨てがたい。呼吸の数は一分間に三回から四回くらい。六回から八回くらいにしてもよさそう。逆に減らして一回から二回でも。気分や体調や目的に応じて使い分けます。
※ネモフイラの種買うてきたでー。